2026-05-14

「薬局を買って独立」の落とし穴――立て続けに耳にした、闇の深いM&A案件の話

「薬局を買って独立!」って、闇の深い話も転がっているな・・・と驚きました。

薬剤師として経験を積んでいくと、「そろそろ自分の薬局を持ちたい」という気持ちが芽生えてくることがありますよね。私の周りの薬局経営者仲間の話を聞いていても、結構M&Aで薬局を買って独立した人がいます。ただ、良い話ばかりではないようで・・・

こんにちは。中小企業診断士・キャッシュフローコーチの梅崎です。薬局経営の現場を経験したのち、現在は調剤薬局をはじめとする中小企業の経営改善支援を行っています。

「自分で薬局をやりたい!」「経営したい!」という気持ちを持つのは分かります。業種は違えど、私も自分で起業したクチですから。でも分業率が高止まりしている今、門前で新規開局できる余地はほとんど残っていませんよね。

そこで現実味を帯びてくるのが「薬局を買う」という選択肢。M&Aによる独立です。

でも、そこには大きな落とし穴があることもあるみたいです。最近、立て続けに「これは闇が深い。買ってしまうときついだろうな・・・」と感じる案件の話を耳にしました。今後ますます薬局のM&Aは盛んになるでしょうし、経営が苦しくなる薬局も増えていくと思います。一方、慎重に判断しなければならない事案も増えると思います。

立て続けに耳にした、気になるM&A案件

最近、全く異なる場所・売り手からの案件を、立て続けに2件聞きました。内容はそれぞれ違うのですが、共通している点がいくつかありました。

門前クリニックのドクターは60代半ば。薬局は利益はほとんど出ていないか、赤字の状態です。それでも売り手側からは「工夫すれば改善余地がある」と説明されたとのこと。営業権は数百万円。仲介手数料などを含めると、総額1,000万円〜2,000万円超の投資になるそうです。処方箋枚数は一人薬剤師で回せる程度なので、それほど多くありません。ちなみにスタッフは売り手企業に残るか、退職するという条件とのことなので、スタッフの採用や教育のコストもかかりそうです。

正直、条件だけを聞くと、なぜこの条件でこの価格なのか、私は理解できません。この話を教えてくれたのはベテランの薬局経営者さんでしたが、その人も首をひねりっ放しでした。

買う前に慎重に条件の検討を

伝え聞いた条件だけでも、疑問はいくつも浮かんできます。

まずドクターの年齢です。60代半ばということは、あと何年事業を続けられるか分かりません。今後患者数が徐々に減っていく可能性もありますし、突然の廃業リスクも頭に置いておく必要があります。現状でさえ利益が出ていないか赤字という状態ですが、今後はもっと赤字が拡大するのでは?と思ってしまいます。経営者が変わることで、これまで算定できていた加算が取れなくなることもあります。そうなれば、赤字はさらに広がりかねません。実際、2件中1件は確実に「算定できなくなる加算」が出ることはほぼ確定でした。この話を聞いたときは2026年の調剤報酬改定前なので、2026年以降はさらに厳しい状況になる可能性もあります。

営業権や手数料だけで総額1,000万〜2,000万円を支払って、どう回収するのか。もちろん薬代や月々の固定費もかかります。調剤報酬が入金されるまでの2か月間の資金繰りも考えないといけませんから、相当な資金調達が必要です。しかも赤字だと、事業の継続すら危うくなります。かといって、処方箋枚数が少ないため、頑張って加算を算定しても増益は限定的です。一人薬剤師で在宅を頑張って黒字化するのも、現実にはハードルが高い。回収できるまで事業が続くかどうかも、見通しが立ちにくい状況です。

スタッフが残らない場合には、人材確保という別の課題も生じます。買い手が薬剤師であれば、自分が調剤をしながら事務スタッフを新たに採用する必要があります。薬剤師でなければ、まず薬剤師を探して雇うところから始めなければなりません。独立直後の忙しい時期に、採用活動まで並走するのは、時間的にも労力的にもかなりの負荷です。

自分の報酬を大きく下げて返済に充てる、近隣施設の在宅を積極的に応需して収益を上げる、という考え方もあるかもしれません。ただ、いずれも相応の資金と体力が必要です。

薬局を買うまでに相当な資金が必要になるうえ、当面の運転資金や赤字解消までの損失の穴埋めも必要になります。当然、多額の資金調達が必要になります。今回の話のうち1件は、金融機関が買収資金の融資を断ったそうです。そこで諦めるかと思いきや、仲介会社が独自の資金調達手段を提案したので、それを活用したとのこと。話を聞く限り、ファクタリングに近い仕組みのように思われます。詳しい条件まで確認できていないのであくまで推測ですが、もしファクタリングに近いものだとすると、手数料は相当高額になります。利益はますます圧迫され、ファクタリング手数料を払うために働くなんて状態に・・・なんてことにならないと良いけれど、と老婆心ながら心配しています。

このように、M&A案件は闇が深いものも混じっているようです。数少ない買収のチャンスとはいえ、疑問点があるなら、立ち止まったほうが良いかもしれません。

問題は「案件の内容」よりも「判断のされ方」

こうした話を聞いて感じるのは、「案件がキツい」ということ以上に、「判断が難しい状況に置かれている」ということです。

「多少条件が悪くても仕方ない」「まずは独立することが大事」「背伸びをしても事業拡大したい」と考える方もおられると思います。長年、創業塾などを通じて創業相談をお受けしてきたので、そのお気持ちはよく分かります。

ただ、独立したい気持ちや事業拡大したい気持ちが先行ししすぎる、事業として成立するかどうかの検討が後回しになることがあります。特に気になるのが、数値シミュレーションの不足です。

買収後も同じ加算を算定できるのか。賃上げや物価高騰を考慮しても損益を確保できるか。融資で買収資金を賄った場合、返済できるだけのキャッシュフローが生じるか。ドクターの高齢化による患者数の減少や廃業リスクはどう織り込むか。

これらを具体的な数字に落とし込まず、「何とかなるだろう」で進んでしまうケースが少なくありません。そう考えたくなる気持ちは自然なことですし、お金の課題は気づきにくいこともあります。投資の判断は、ベテラン経営者でも悩むことが多いものです。だからこそ、慎重に向き合っていただきたいのです。

「頑張れば何とかなる」は、通じないことがある

数値シミュレーションが不十分なまま進んでしまう背景には、ある共通した思い込みがあるように感じます。

「加算を取れれば何とかなる」「人件費(役員報酬)を抑えれば何とかなる」「自分が頑張れば何とかなる」というもの。今回教えてもらった2つの案件に共通していたのが、この楽観的な考え方でした。

しかし自分の努力だけではどうにもならないこともあります。特に調剤薬局は外部環境の影響が大きい業種です。楽観的に考えすぎると、長く事業を続けるのは難しくなります。

続けられなくなったとき、困るのは自分だけではありません。患者さんにも、ドクターにも、卸さんにも、申し訳ない結果になりかねません。

本当に厳しくなるのは「買った後」

独立するときや規模拡大するときは、夢や希望を持って踏み出します。ただ、買収後に待っているのは現実です。

赤字でも借入返済は続きます。改善できなければ、精神的な負担も積み重なります。売却しようにも、次の買い手が見つからないこともあります。「独立したはずなのに、身動きが取れない」「規模拡大のための投資が足を引っ張っている」——そんな状態に陥るリスクがあります。

そうならないための対策は一つ。

独立したい気持ちと、事業としての判断を切り分けること。数値シミュレーションをきちんと行うこと。見通しが立たない案件は見送るという選択肢を、最初から持っておくこと。

「今回は買わない」という判断も、立派な経営判断です。

おわりに

独立はゴールではありません。あくまでスタートです。規模拡大もそう。拡大が最終目的ではなく、事業継続が条件です。

気持ちが強くなっているときほど、一度数字で頭を冷やすことが必要です。「今回は見送る」——その判断が、将来の選択肢を守ることもあります。

M&Aによる独立を検討されている方は、ぜひ数字をしっかり確認してから、次の一歩を踏み出してくださいね。「この案件、どう見たらいいか分からない」「数字の確認を一緒にしてほしい」という方は、お気軽にご相談ください。

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