「あのとき、やめておけばよかった」と言う前に。損切りを判断する物差し

「あのとき、撤退しておけばよかった」
経営改善のご支援をしていると、そう口にされる経営者の方に何度もお会いします。
もっと早く引き返しておけばよかった。あの投資は見送っておけばよかった――。すでに大きな損失が出てしまってから、そう振り返られるのです。
こんにちは。中小企業診断士・キャッシュフローコーチの梅崎です。薬局経営の現場を経験したのち、現在は調剤薬局をはじめとする中小企業の経営改善支援を行っています。
「見切り千両」という言葉を聞いたことはありますか?この言葉をもとに、事業を続けるか、やめるかという判断について考えてみたいと思います。
いま取り組んでいることが、なかなかうまくいかない。もう少し様子を見るべきなのか、それとも見切りをつけるべきなのか迷っている。そんな方にとって、判断の物差しを持つためのヒントになればと思います。
この記事を読むとわかること
- 損切りの判断が難しくなる理由と、そこに働く心理
- 撤退を考えるとき、どこまでの範囲を見ればいいのか
- 「覚悟をもって続けること」と「判断を先送りすること」の違い
「あのとき、やめておけばよかった」という言葉
私のところに相談に来られる経営者の中には、すでに数千万円という多額の損失を出している方もいらっしゃいます。
お話を伺っていると、そこまでの損失が出る前に、撤退するきっかけがあったように感じることがあります。もちろん私だけでなく、経営者さん本人もそう感じていることがほとんどです。
「あの時点で一度立ち止まっていれば、ここまで傷は深くならなかったかもしれない」
「あそこでやめておくべきだったと、今になって思うんだよね。」
とおっしゃいます。
もちろん、これは後から見ているから言えることでもあります。実際に渦中にいると、そう簡単には判断できません。
一方で、安定して経営を続けている方を見ていると、撤退の判断をしっかりしている経営者もいらっしゃいます。
ある程度の損失が出たところで、「これ以上続けると取り返しがつかなくなる」と判断し、手を止めることができるのです。
損失そのものを避けることはできなくても、傷が深くなる前に撤退する。
この判断ができるかどうかは、経営においてとても重要だと感じます。
続けるより、やめるほうが勇気がいる
損切りというのは、本当に難しい判断です。実は続けることより勇気がいります。
これまで注ぎ込んできたお金が、その瞬間に「確定した損」になるからです。それが1,000万円、2,000万円・・・という金額になれば、なおさら簡単には決断できません。
つい、
「もう少し頑張れば取り返せるんじゃないか」
「あと少し続ければ、状況が良くなるんじゃないか」
と考えたくなります。
その気持ちは、本当によく分かります。
もちろん、その考え自体が間違っているわけではありません。実際に、続けたことで持ち直した事業もあります。
問題は、「まだいける」「もう少し大丈夫」という判断を繰り返した結果、損失が積み上がってしまうことです。
会社のお金だけでは足りなくなり、自分の資産を注ぎ込む。それでも足りず、最終的には打てる手がなくなってしまう・・・。
そうなる前に、どこかで立ち止まる必要があります。
サンクコストが判断を曇らせる
こうした場面で知っておきたいのが、「サンクコスト」という考え方です。
サンクコストとは、すでに支払ってしまい、取り戻すことのできない費用のことです。
今まで突っ込んできたコストがもったいなく感じて、撤退を決断できなくなります。
でもサンクコストは、事業を続けてもやめても、そのお金は戻ってこないのです。
ですから本来、これから事業を続けるかどうかを判断するときに考えるべきなのは、
「これから先、この事業にお金や時間を投入する価値があるのか」
ということです。
過去にいくら使ったかは、本来であれば切り離して考えなければなりません。
ところが、人間はそう簡単には割り切れません。
「ここまでお金をかけたんだから」
「いまやめたら、これまでの努力が全部無駄になる」
そんな気持ちが出てきます。
しかも、サンクコストはお金だけではありません。費やした時間や労力、周囲に「やる」と宣言した手前、引くに引けないという気持ちも判断に影響します。
その結果、本当は撤退したほうが傷が浅いにもかかわらず、続けるほうを選んでしまう。
さらに難しいのは、本人としては「合理的に判断している」と思っていることです。
だからこそ、経営判断では「過去にいくら使ったか」と「これからどうするか」を意識して分けて考える必要があります。
1,000万円をかけて撤退を決めた経営者
以前、M&Aによって事業を拡大されている経営者の方のSNS投稿を読んだことがあります。
ある事業の買収を検討するために、調査費として1,000万円単位のお金を使ったそうです。
ところが、詳しく調べていくうちに「これは買ってはいけない」と判断された。
そして、すでに調査費を支払っていたにもかかわらず、買収を見送ったという内容でした。
これを読んだとき、「すごい判断だな」と思いました。
1,000万円ものお金を使っていれば、普通は「ここまで調べたのにもったいない」という気持ちが出てきます。
多少の問題には目をつぶって、買ってしまおうか。そんな気持ちになっても不思議ではありません。
しかし、その方は「買うべきではない」と判断した時点で、すでに使った1,000万円と、これから先の判断を切り離した。
1,000万円の損失を受け入れることで、それ以上の損失を防いだわけです。
こうした判断ができるかどうかは、経営において非常に重要だと思います。
赤字を出しながら投資を続ける大企業もあるけれど・・・
ここまで読むと、こんな疑問を持たれるかもしれません。
「でも、大企業は巨額の赤字を出しながら事業を続けているじゃないか」と。
たしかに、その通りです。
ABEMAのように長期間投資を続けてきた事業もあります。
楽天モバイルも大規模な投資を続けてきました。
こうした事例を見ると、「赤字だから撤退すべき」と単純に決められる話ではないことが分かります。
経営者が、
「どうしてもこの事業をやる。そのためなら、ここまでの損失を受け入れる」
と腹を決めたうえで続けているのであれば、それも一つの経営判断です。
極端な話、
「この事業から撤退するくらいなら、会社ごと潰しても構わない」
とまで覚悟を決めているのであれば、それは経営者自身の決断です。外部の人間が簡単に口を挟めることではありません。
ただし、ここで区別しなければならないことがあります。
覚悟をもって続けることと、決められないままずるずる続けることは、まったく違います。
問題なのは後者です。
判断を先送りしているうちに資金が減り、人が疲弊し、借入が増え、選べる選択肢が減っていく。
会社を存続させることを第一に考えるのであれば、損失が許容範囲を超える前に、撤退を選ばなければならない場面もあります。
撤退は、諦めることではない
この話をするとき、いつも頭に浮かぶ例えがあります。
少し重い例ではありますが、医療の現場では、病状によっては命を守るために身体の一部を切断する判断が必要になることがあります。
もちろん、できることなら避けたい判断です。
それでも、命を守るためには切らざるを得ないことがある。
経営でも、似たような状況が起こります。
一つの事業や一つの店舗を残そうとするあまり、会社全体が耐えきれなくなる。
そして会社そのものがなくなってしまえば、お客様や患者さん、従業員にも大きな影響が及びます。
そうならないために、身を切られるような思いをしてでも決断しなければならない。
経営者とは、そういう判断を求められる立場でもあるのだと思います。
ですから、切ることは必ずしも「諦めること」ではありません。
残したいものを残すために切る。
会社を続けるためにこそ、どこかで見切らなければならないことがあります。
撤退判断は、事業単体だけでは決められない
実際に私は、「この店舗は撤退して、事業を縮小したほうがいいのではないですか」とアドバイスしたことがあります。
複数の店舗を経営されている会社で、「この店舗は畳んだほうがいいのではないか」と申し上げたケースです。
その店舗では赤字が何年も続いていました。
さらに、その赤字を今後回収できる見込みも立たなくなっていました。現状の体力では、これ以上の損失は耐えられない。だからこそ、経営全体の立て直しが必要な状態になっていたわけです。
ここで重要なのが、時間と資金にどれくらい余裕が残っているかです。
会社に余力があるのであれば、人員配置を変える、集客方法を見直す、商品やサービスを変えるなど、さまざまな打ち手を試すことができます。
時間をかけて立て直すこともできるかもしれません。
しかし、その余力が残っていなければ話は変わります。
私がお会いしたケースは、まさに後者でした。
新たな打ち手を試すだけの時間も資金も十分に残っていなかった。だから撤退を提案しました。
つまり、「切るか、切らないか」は、その事業の良し悪しだけで決まるわけではありません。
立て直しのための打ち手を試せるだけの体力が、会社に残っているか。
そこが一つの大きな分かれ目です。
逆に言えば、会社に体力があるうちに手を打っておけば、撤退せずに済む可能性もあります。
だからこそ、余裕があるうちに数字を確認し、早めに手を打っておくことが大切なのです。
なお、薬局の場合は、単純に「閉局する」という選択だけではありません。
店舗や事業を売却するという選択肢もあります。業種特有の事情も踏まえながら、どの方法が会社にとって最も良いのかを考える必要があります。
実際、私が撤退を提案したからといって、その場ですぐに決断されるケースばかりではありません。もう少し頑張ります、というお答えをいただくこともあります。
ただ、やはりしばらく時間が経ったあとに、「いろいろ頑張ったけど、やっぱり撤退しました」とご連絡をいただくことが多いですね。
「見切り千両」という言葉
相場の世界には、「見切り千両」という言葉があります。
損失がさらに膨らむ前に見切りをつけることには、それだけ大きな価値があるという意味です。
理想を言えば、新しい事業を始める前に撤退ラインを決めておくのが一番です。
「累計の赤字がここまで来たら見直す」
「この期間までに、この数字に届かなければ撤退を検討する」
といった基準を、あらかじめ決めておく。
とはいえ、現実にはなかなか難しいものです。
新しいことを始めるときは、当然「うまくいく」と思って始めるからです。
だからこそ、思うように軌道に乗らなかったときに、あらためて冷静に考えられるかどうかが重要になります。
そのとき見るべきなのは、その事業単体の損益だけではありません。
この事業をこのまま続けて、会社全体は持つのか。
最悪の場合、会社そのものまで危なくならないか。
そこまで含めて考える必要があります。
大きな損を確定させてでも、会社全体を残す。
それもまた、「見切り千両」が教えてくれる経営判断の一つなのだと思います。
チャレンジを続けることと、判断できないまま損失を引きずることは、分けて考えておきたいですね。
判断できる状態をつくっておく
ここまで書いてきたことを突き詰めると、一つのことに行き着きます。
判断するためには、判断材料が必要だということです。
どの事業が、毎月いくらの赤字を出しているのか。
本業の稼ぎで、あと何か月支えられるのか。
立て直しのための投資に、あとどれくらいお金を使えるのか。
いま会社には、どれだけの時間と資金の余力が残っているのか。
こうしたことが見えていなければ、「続けるのか、やめるのか」を冷静に判断することはできません。
反対に、数字が見えていれば、感覚ではなく根拠をもって線を引くことができます。
「もう少し頑張れば何とかなるかもしれない」という気持ちだけに、判断を引っ張られにくくなります。
必要なときに正確な情報へアクセスできる状態をつくっておくこと。
それは、合理的な経営判断をするための土台です。
撤退するために数字を見るのではありません。
続けるべき事業を続けるために、そして残すべき会社を残すために、数字を見る。
「うちの数字は、経営判断に使える状態になっているだろうか」と少しでも不安を感じられたら、一度確認してみてください。
ご自身では判断しづらいという場合は、お気軽にご相談ください。
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